10年前にBuellを選んだ理由、10年後にもう一度選んだ理由(2)

s3_padocck_01.jpgバイクを新車で買ったのは、SRX、XV-400 Virago以来、10年ぶりでした。オレにとって切っても切れないバイクなのに、意外かもしれないけど買って半年もしないうちにサンキュー事故で廃車になったSRX以外は、車検を2回以上通してるのでそんなもんかと。

ひっさびさの新車。嬉しくないわけがない。しかも、ガイシャを買うなんて一生に一度かもしれない。オレはS3を買ってすぐに小さなノートに日記を書き始めました。S3に乗って思ったことや、メンテ、燃費の記録なんかを取っておこうと思ったわけです。

ところが、日記に書き込まれていくのはトラブルばかり! なんだこりゃ! でも内心、”エンスー”なカンジ? もしないでもなく(笑)、日記をとり続けました。結果的に1年以上ノートに書き続けたこの日記が、後に当時唯一だったかもしれないBuellオーナーによるメンテ記録サイト「Motorhythm」のベースになっていくとは、まだ思ってませんでした。

ゲーム開発っちゅー仕事柄、1日12時間労働は当たり前、土日返上で月に200時間残業も普通な生活だったし、購入したのが11月ということもあって、神戸から大阪までの往復120kmの高速通勤以外には殆ど走る機会もなく、走行距離だけは鬼のように増えていきました。

当時、HDJがBuellの販売促進に力を入れていたことで、数少ない国内のS3オーナーであるオレはバイク雑誌にちょくちょく紹介されたりしましたが、自宅にPCを持っていなかったオレは、一人でこの妙に愛着の沸くダメなバイクを愛でていたのでした。

’98年中盤についに自宅にPCを導入。正確にはPC98シリーズの廉価なヤツを持ってはいたんだけどね(笑)。ついにWindowsを買ったわけです。このことで、ある意味オレの世界が一変します。
当時まだまだ利用料が高価だったインターネットを始めると、そこには無限とも思える世界が広がっていて、ここで何ができるのだろう? と胸を躍らせました。

まず始めたのが自力でHTMLを覚えて「オレのBuellのホームページ」に着手。MotorとRhythmを合わせた造語で「Motorhythm」と名付けました。もちろん布袋寅泰のGuitarhythmにあやかってのネーミングなんだけど(笑)。

「Motorhythm」を始めたことで、アングラで暗躍していた(笑)Buell乗りたちがオレのサイトに集まってきてくれました。中にはアメリカから立ち寄ってくれた人も。それだけアメリカでもマイナーだったんでしょうね、

「Motorhythm」を通じてBuellを購入するに至った人も大勢いました。オレが知っているだけでも10人は下らないから、きっともっとたくさんいるんだろうな。そうやってBuell仲間が増えることがすごく不思議で新鮮でした。

そして、もう一つの重要なファクターがBMJ。BMJ(Buell Mailing List of Japan)は、BBSとは違って、少なくとも確実に連絡が取れるメールアドレスを登録した者同士がメールを通じて情報交換を行うシステム。SNSが一般的になった今日と違い、クローズドの情報網だからこそ交換できるソースに溢れていて、オレも目から鱗状態でした。

BMJがなかったら今のオレはなかったんじゃないかとさえ思います。それは、ただの情報源でもなく、同じマイナーバイク乗り故に繋がるネット上のシステムってだけでもなかったのです。

bmj-10th-sticker_01.jpg不思議なことにBMJは、いわゆる特定の車種やメーカーのオーナーズクラブにありがちな、近寄りがたい雰囲気も排他的なムードもないまま、いつの間にかオフラインですっかり友達になってしまうという集まりになっていました。

Buellについて困っている時だけじゃなく、プライベートで落ち込んでいる時にもさらりとメールをくれるメンバー達に何度救われたことか。S3を事故でなくしてからの6年間、Buellに乗っているわけでもないオレは、それでもBMJとはずっと繋がったままでした。

BMJのツーリングには1つのルールがあります。
個人のペースで走ること。一応、連んで走る時には先頭がペース配分して走りますが、別にそれに合わせなくてもOK。もっと飛ばしたいヤツはかっ飛んで行くし、ゆっくり走りたいヤツはボチボチ走る。別のルートで行きたいヤツはどこで離脱してもいいし、合流してもいい。
目的地にそれぞれが楽しみながら集まるのがBMJのツーリング。
そして、目的地で一旦バイクから離れるとドカンと騒ぐ一体感。ホントに不思議なヤツらです。

この、互いを尊重し合いながら、付かず離れず、損得もなく。でも仲間としてなんの遠慮もなく本音で話せる連中こそ、人生で何物にも代え難い本物の仲間なんじゃないかと思っています。

オレがバイクを失う度、BMJの主宰である御大が「ごーいちさん、たかがバイクじゃないですか」と言ってくれました。バイク無しでは生きられない人間に「たかがバイク」と言ってくれる関係って、素晴らしいと思いませんか。御大にその言葉を掛けて貰うまではそのことを忘れて、その都度ずっしり落ち込んでいるんですけどね(笑)。

TRX850を、これまでの一生で最大の危機的事故で失ったオレに、御大はいつものようにいつもの言葉で励ましてくれ、BMJのみんなは次々にメールをくれました。
「◯◯に、程度の良さそうなBuellがあるよ!」
「△△にS3があるよ! 早く押さえなくちゃダメじゃん!」
みんなが個別に調べてくれてたのに、みんなが同じ反応なモンで思わず泣き笑い(笑)。

かくして、10年目にして10年前にココロに浮かんだコトバとともに、2台目の’98 S3を手に入れる決心をしたのでした。

「こんなバイクに乗るヤツ、絶対アホや! そやから、オレにはこれが一番かも!」

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